娘とくもん式

娘とくもん式

少し前まで、くもん式の算数と国語に通わせていました。しかしながら、現在は国語のみに通わせています。どうしても海外に住んでるし、通っている小学校でも日本語を話す機会はまったくと言っていいほどありません。なので、週に1もしくは2回はくもんに通うことによって読むことと書くことを反復練習によってある程度習得して欲しいと思っています。

算数をやめた理由

東大同級生の中でもずっとくもん式に通っていた子はいます。そしてまったく通っていなかった子ももちろんいます。よって、一概にくもん式の善悪を判断することはできないと思います。ここからは私の完全に偏見が入っています。

くもん式はよく言えば反復練習によって計算力を、場合によっては数学年も先取りすることが可能です。

しかしながら、私として学習塾に求めている算数力や数学力は、ただ「計算を確実に早くできること」だけではありません。数学力は計算だけでなく図形的空間的感覚を含んでいたり、与えられた長文から問題点を適切に読み取って頭の中でイメージ化して最終的な評価をすることが求められます。

残念ながらくもん式には全体的数学力を底上げする教材とはかけ離れていると考えています。

もちろん、低学年のころには確実に計算力をつける必要があるとは思うのですが、それ以上に低学年のころから空間能力や読解能力を算数という科目の中で身につけて欲しいなと考えています。

そう考えると、くもん式の教材は昔ながらの教材と考えざるを得ません。

以上の理由から算数をやめてしまいました。

では国語力は身につくのか?

くもん式の国語には引き続き通わせています。まあ、この選択は妥協の産物的な結果と言えなくもありません。海外に住んでいると日本語に触れる機会がありませんし、そもそも日本語を教えているのはくもん式と数少ない日本語学校ぐらいです。

国語力が身についているかどうかは定かではありませんが、確実に言えるのは、そしてこれだけしか言えないのは、ひらがなとカタカナと簡単な漢字は書けるようになった、ということだけです笑。

最近は日本語の読解のプリントを一生懸命解いていますが、この読解もなんども同じ文章を使って答えを書くので覚えて解答しているだけなんじゃないかという疑いがあります。

というわけで、国語力が身についているかどうかはわかりません。ただ、日本語の文章に強制的に触れさせるいい機会であることは確実ですので、通わせています。親が本を読めと言っても絵だけしか見ていないでしょうし。

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